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ぐそくかずしのブログ
  最終更新日  
要旨 一筆啓上物申す!
ウェブマスター  
カテゴリ  
作成 http://wordpress.org/?v=ME2.2.3
言語 ja
【瓦解の岐路】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:
瓦解(がかい)とは、屋根瓦の一部が落ちればその余勢で、他の多くの瓦も一斉に崩れ落ちることで、 岐路(きろ)とは、分かれ目である。
 嗜む程度の酒しか口にしない。
「赤坂」の夜、カラオケスナックで初めて対面した、十歳上の男性客と口角泡を飛ばした内容だ。 お互い下戸のウーロン茶談義で、いきなり質問を受けた。―――『日本の原発をどう思うか!?』・・・まさかこの場で原発の話しをするとは思わなかったが、 折り目卑しき風天上がりの主張を愧じることなく向けた。
―――『戦後65年、世の中は人の傲慢さと自然への謙虚さを忘れた結果、物欲だけ生み出す事に走り突き進み過ぎた。 原爆を製造した「国の志」は、一瞬にして人と町を破壊する為の兵器を持ち、世界への鼓舞と実行により「必要悪」を義とされた。 その後、いくら平和利用を高らかに唱え開発推進しても、原爆製造従事者国民にさえ一斉を公表せず、秘密裏に行なう「最初の一歩を隠し、踏み出した国の志」では、人間が核を制御できる訳がない』といった事を述べた。
 その後、相手の顔と口調が険しくなりだし、不本意ながら口角から泡が掛り始めた。
―――『あんたは、今の日本の現状を判っとらん!電気がなければ生活できんのだゾ』その言葉に雷同することなく、リクエスト曲が掛り唄い出したのは「甲斐バンドの♪ダイナマイトが150トン」で、「赤坂」ママの人柄に惚れて集まる老若男女満席の客は、ヤンヤヤンヤの盛り上がりとなり泡が消えた。
 ここからは小生の主観である。
世界で唯一の被爆国である日本。 その受けた痛みは、我々国民しか判らないはずだ。 二度も痛い思いをして、「最初の一歩を隠し、踏み出した国の志」に傾倒した結果、自然に対しての謙虚さを無視した原発で、今度は自ら三度目の被爆を受けた。 國の歴史の教訓を本気で受け止めない輩が、想定外だったと聞いた風なことをぬかしやがる。 スピードをより速く、さらにはより遠くまでを追い求める文明の発達に酔いしれる時、人は単純な自然の摂理を忘れてしまう。 二度あった事は三度目もあった・・・戦後65年、國の開発政策は明らかに間違っていた「國の瓦解」がないことを祈る。
(了)
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【神の仕打ち】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:
 「なんでこんな事が起こるのか…」
被災地の惨状を目の当たりにした時、誰しもが心に抱く「神の仕打ちに対しての疑問符」だろう。
 子どもの頃から自然の脅威に晒され、その威力を肌・耳・目全身で体感してきた。 その時人間の力は成す術などなく、防御すら出来ずにただ逃げ惑い、身を守る事でしか生き残る道はなかった。
 或る大学の親しい教授が話された言葉だ―――『安全はお金で買えるが、安心は買えないンだよ』。  2010年春から夏にかけて南九州における乳・肉牛業界を襲った「口蹄疫問題」。宮崎県だけで29万頭近くにも及ぶ家畜の殺処分は、未だ記憶に新しい事だと思う。 日本中を震撼させた「口蹄疫」の大波は全世界にまで波及した・・・まさかあの時の悲しみをお忘れではない事を願うが。 師は宮崎で最初の「口蹄疫」を発症させた牛が確認された一報を受け、即座に隣県での対応処置を施し、他県への「口蹄疫」感染流入防止に奔走された。 この時、師が必死に対応された事は一般には知られていない。 『口蹄疫は、一国が滅びる位の影響があるから、対応を誤れば甚大な被害になる』と、繰り返し言われていたが、残念なことに教授の予感は的中してしまった。 余りにも大きな犠牲、せめてもの救いはギリギリの所でくい止り、他県に飛び火しなかった事だけである。
 この教授は「偶蹄類」豚が専門の獣医学博士、獣医師だ。 師と知り合ったのは「口蹄疫」が発生する前だった。 研究室へ通い始め教授に同行させて頂き、県内の養豚場を廻り衛生面から飼育面、その全工程を隈なく見聞した。 「如何に黒豚飼育に関する管理者の、衛生面に対する意識を徹底させるか、黒豚飼育の生産現場から食肉流通の末端まで行き渡らせるかが最大の課題であると共に、気骨ある獣医師になる為の卵たちを育てるのが使命」だという。その卵の中には海外留学生もいる。  近年黒豚を一躍有名ブランドにした師の功績は、学術界からも認められ権威ある賞を授与された。 大学での講義授業を日々行う間、養豚場へ学生と足繁く通い、年間2000頭もの豚から血清を採取し、検査を繰り返す作業は汗と糞にまみれる。 栄えある授賞は、弁当持参で愛すべき黒豚と格闘されてこられた誇り高き結果である。
 「口蹄疫」が猛威を奮っている最中、教授へ尋ねた『どうして、こんな事が起きるのか?』
―――『人が運んできた災いだヨ!』。 過去の古い事例を紐解き説明を受けた。百年前も世界的流行で蔓延していた「口蹄疫」だった。 対応策は日頃の徹底した殺菌予防しかないとのこと。 車は、事故を起こすもの・・・だからシートベルトの着用が義務づけられた。 船は、沈むもの・・・だから救命胴衣を身につける。 飛行機は、落ちるもの・・・だから!?、 搭乗する際保険に入って乗り込めば安心なのか。  飛行機墜落事故から26年も経過しているにもかかわらず、日本では搭乗者一人一人にパラシュート(落下傘)装着義務の議論さえ起きないのは、安心さえもお金で買おうとしてきた、人としての傲慢さである。                               (了)
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【泣けてくるぜ! 上総川間驛】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:  駅ではなく そこは まさしく「驛」だった。 
まして そこに 驛があるなど 思いもよらなかった。
房総の山 尾根伝いを歩いていた時 眼下が開け 
田園風景が 飛び込んで来た。
 遠くに山並みが続き 田植え前の田圃には 水が一面に
張られ 鏡のように 空の青と山の緑を 映している。
音といえば 木々を渡る風に 弧を描きながら 
天高く昇っていく 鳶の鳴き声くらいである。
 小一時間ほど 木陰で休憩をとっていると 遠くから 
レール音が響き 次第に近づいて来る。
見ると 田圃の真中を 電車が一両 遠目でもわかるように
 車体を揺らしながら ゆっくりと走ってくるではないか。
 なんと 田圃の畦道と見えた所は 単線の軌道線路で 
僅かに木々が茂り 小屋だと思ったものは 無人の驛舎。
電車から 降りる客はなく 乗り込む人もいなかった。 
その風景は 実に優しく 懐かしい静けさに「長閑(のどか)」
の二文字が 見事に似合う。
「そこは 紛れもなく驛でした。 泣けてくるほど ぐっと
くる景色は 最高です!。 過疎などには 決して負けず
今日も一両の車体を ゆらりゆらりと揺らしておくれ 
ありがとう 上総川間驛。」 
映画シナリオ用に 資料集めで房総半島を歩き 取材をした。
その時撮影したネガフィルム。
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【医療従事者の 初心はどこへ】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:
 世界規模で蔓延する 新型インフルエンザ流行の真っただ中 9月1日病院へいった。
早朝メディア告知の発表では 学校の休校や閉鎖措置のとられた地域は 東京39校  奈良・鹿児島4校で 全国15都府県60校に及んでいると 巷に流れていた。
 事前準備をしたマスクを着用し 病院へ入る。 件の慌しさだろう診察待ちの患者は長椅子に大勢いた。
 驚いたことに 職員は勿論 医療従事者にマスクを付けた人の姿がなかったのだ。 
受付 エレベーター 通路 入院棟を歩いても・・・。
 これが 日本の医療を施す側(調剤薬局も同)の 低い意識レベル現実なのだ。 
驚きを通り超して 怒りが先にきた。 ふざけるな! なめたまねをするな! なんたる意識の低さか!。 
 その光景は すべて人ごとだった。 他人まかせで 自分に危害が及ばなければよいのだろう。 悲しかったが その日 自分の出来る限り 知人に向けて 医療現場の現実を連絡した。 
 既に手遅れだろうが 分かって頂く人はいて ただただ嬉しかった。 皆様の町や村の医療現場は 大丈夫ですか。
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【目撃現場 其の壱】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:
 取材を終え 原稿を認めようと 
浦安駅前にある ファーストフード店に入った時
目撃した出来事である。
 駅の改札は 帰宅帰りの客が大勢いて 店の外にも行列を
作り並んでいた。 店のスタッフは 多忙な中 笑顔の接客
応対を繰り返し 手際よく商品をさばいていた。 
店内に入り ようやく自分の番が巡ってきて オーダーを口に
した時 隣にいた年配の男性が 突然若い女性スタッフに対し
罵声を浴びせた。
○カウンター
男     「(顔を真っ赤にして)バカヤロー! 何聞いて
       ンだよ 違うじゃねえか。 この野郎!!」
スタッフ  「(茫然として)」
男     「(人差し指を押し付け))俺が 注文したものを
       出せよ!」
スタッフ  「(うつむいて)これが お客様のご注文された
       ものですが・・・」
男     「どこがだよお 違うって言ってンだろ! 
       バカヤロー。 人の云うことが聞けねえのかあ 
       この野郎」
スタッフ  「(か細く)申し訳ありません」
男     「責任者出せ!  お前じゃ話にならン」
○店内
       にいる客・店員の動きがとまる。
       奥から 若い女性スタッフが 姿を現わす。
スタッフ  「(気丈に)申し訳ありません。 何か手違いが
       あったと思いますので お作りし直します」
男     「(睨みつけ)なンだと 思いますので!? 
       俺が違うって言ってンだから その通りの物
       出せばいいンだよ」
スタッフ  「(伝票をみて)ご注文の品は こちらでよろし
       いでしょうか」
男     「ばかにすンじゃねえぞ コノヤロー! 
       さっさとやれよ 女のくせに バカヤロー!!」
スタッフ  「(目に涙をためて)申し訳ありません。 少々
       お待ち下さい」
男     「いつまで待たせンだよ 早くしろよ! バカ
       ヤロー」
○店内    
       静まり返り 外に並ぶ客も 中の様子を覗いて
       いる。
スタッフ  「(笑顔で)大変お待たせ致しました」
男     「ふざけんじゃねえぞ この野郎!]
       新たに作り直された商品 その紙袋を手渡され
       た男が カウンターを離れようとした瞬間 
       男の気をそぐために わざと足元を指差した。
      「あれっ!?」
男     「(驚き 足元を見て)何だよ」
       その時 男の首に下げていた 社員証プレートが 
       胸ポケットから落ちて 一瞬顔を覗かせた。
       男はそのまま 店を出ていった。
○店内
       は件通りの 様子を取り戻し。
○カウンター
      「よく辛抱したね」
スタッフ  「(目から大粒の涙)はい」
      「首から下げていたの わかった!?」
スタッフ  「(精一杯の笑顔で)はい わかりました」
      「赤坂にある テレビ局の社員証だったよね」
スタッフ  「(毅然と)はい 間違いなく そうでした」
       
 怒鳴り散らした男の 身辺調査をした訳ではない。 
あれ程の怒りは あの男にとっては 日常のことなのか
どういう理由で 暴言を発っしたのか 確認した訳でもない。 
小生は この現場に 居合わせただけだった。 
      
                         (了)
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【ソシオドラマ 〜立志式をすぎて〜】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:  中学生の頃から テレビドラマが好きだった。
しかも 劇中深く入り込む見方をして『放映されているこのドラマは 誰が書かれたものか』原作者脚本家まで確認し 言葉の語尾ひとつから情景の描き方まで 気にして観ていたのはその頃からだ。 心の琴線に触れる感動の深さが 圧倒的だった三人の脚本家『倉本聰さん 山田太一さん 向田邦子さん』の作品しか見なくなっていた。テレビ観賞だけでは飽き足らず お年玉や小遣いを貯めて シナリオ本を購入しては読み漁り しまいには 書き写すところまで行き着いた。 当時シナリオ本自体が出回っておらず 札幌のテレビ局にまで問い合わせて 取り寄せたこともした。
 当時通う中学校は 国立大学の教育代用附属校。 
教職課程の学生による 教育実習が毎年行われ 公開授業も頻繁に開催された。 県内外からも来客の多い学校であったにも関わらず 小生の鞄に忍ばせていたのは シナリオ本だった。 そこで出会った財産は 未だに続く多くの交友と「ソシオドラマ」という名称で 生徒主体の寸劇。 名前の由来は不明だが 生徒独自で台本を作成し 全体朝礼の時 寸劇を披露するものだった。 ほんの短い演劇体験ではあったが 制作過程に感動し この道に進んだきっかけだ。
 志が立つ時期 年齢的にも多感な年代。 
三人の偉大な脚本家の作品に 触れられたことは幸運だった。 自分の「根っこ」を育てて頂いたと 誠に勝ってだが今でも感謝している。 さらに倖せなことは 偶然が重なり 敬慕する二人の脚本家に直接お会い出来 お話させて頂けたことだ。 残念ながら 直接お会い出来なかったのは 不慮の事故で亡くなられた向田邦子さん。
かつて彼女は少女の頃 鹿児島にお住まいだった。  
有り難いことに「近代文学館」でその頃の様子を窺える。 書くことに迷いが出た時 向田さんに逢いに行く。 いつの日か 鹿児島発の連続テレビドラマを 放映したいという想いを胸に・・・ 今日も向田さんに逢いに行ってきた。
城山の麓 居住跡からは 桜岳の麗容「桜島」を眺望できる
日当たり良好は場所だ。
卒業してから 数十年ぶりに訪ねた学び舎。
今でも「人になる教育」を日々実践していた母校は 私の誇りである。
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【瓦礫(がれき)】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨: 商店街を歩くのが好きだ。
墨田区京島の 橘館通り商店街を歩いていた時 不思議な縁を感じた。以下は回想である。
 
 私があの時 東京を発つ時の出で立ちは 雨靴にヘルメットを被り 防水用の迷彩服のロングコートを身に付けた。 
 行先は 地震の被災地 神戸三宮 瓦礫の上を歩くために。
 
 宿泊したのは 京都のホテルだった。
明日 被災地に足を踏み入れる前の晩 寝付きが悪く 気分転換のつもりで町へ出た。 
土地感はない 近場を歩き 見つけた教会に迷わず入った。 
何をするでもなく ただそこにいた。 
 夜が明けた。
ホテルに戻り 朝食を済ませ 地下鉄に乗り 神戸を目指した。 
通勤客に紛れる自分の姿は 明らかに異様な雰囲気だったが この状況下において 平静を装っている方が 異常に見えたのを覚えている。
 大阪から神戸方面の電車は 不通だった。
しかたなく 南港に行先を変えて 船で神戸を目指した。
 船の乗客は 船室からも人が溢れ 甲板デッキにも 大勢いた。
当時 携帯電話が出始めた時期で 甲板でも 大声で通話している人がいたのを記憶する。
 大阪南港を出港し 神戸の陸地が見え始めた。 
昼間で太陽は出ているのだが 空は鈍よりと曇っていたのは 街が焼け 煙が立ち込め 風が 噴煙を舞い上げていた。
身体に震えがきた。 
 神戸の岸壁は 所々崩れていた。
船が護岸に到着し タラップが下されると 乗客は争うように階段を降りるので 私は敢えて じらす様にゆっくりと歩いた。 
後に続く人たちは その速さに合わせて下りた。
 港から三宮の町は 一か月前とは 別世界で 道は陥没し街路樹は 斜めになり ビルが潰れて 想像を絶した。
 山手側に向い 歩いた。
アーケードが崩れた商店街 大きめの店舗の中で 復興作業をしている 見覚えある年配男性の姿があった。 話などできる状況ではなく 先を急いだ。
 それから一年が過ぎたある日。
新浦安駅前のホテルの地下 ハブというレストランで 偶然にも復興作業をしていた方とお会いし 当時のお話を伺えた。
「三宮の店舗は 初めて店を出した創業店で 被災したことを知り 駆け付けた」と語って頂いた。 その時学んだことは
「被災後には 自転車の後ろに取り付ける荷台が 物を運ぶのに重宝し スタンド付きだと さらに有り難い」と話された。
 決して商売の話はされなかった。 社員と客の 心配ばかり されていた。 今は 懐かしい思い出である。
 
墨田区京島にて。
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【校庭の広さ】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:  高度経済成長で 人口増加が進み 起伏のある城山を切り開き 住宅団地を造成した。
削り採った土砂は 市内を流れる川伝いに配管を通し 海岸を埋め立てた。
 
 山を削り 造成された団地には 新しく生徒を受け入れる校舎が完成した。
それまで通っていた麓の小学校から 山の上への引っ越し作業が始まった。
 机だけは大人たちが 車で運び上げ 座る椅子は 生徒自ら 自分たちで抱えて運んだ。 
距離にして約1kmだが 路線バスさえ通らない急傾斜の坂だ。子どもたちは 時間をかけ
て運び上げた。 皆 最初のうちは遠足気分で楽しがり ハシャイデいたが 坂のきつさに
立ち止まり 椅子に座る生徒が続出。やがて渋滞を作ってしまい なかなか新しい校舎までは
辿り着かなかった。
 ようやく半日かけて 学校の引っ越し作業は 無事終了した。
翌日には平常通り 授業も再開され 新しい校舎には 子どもたちの声が響いた。
まだ砂利石も残る 充分に整地されていない校庭ではあったが 皆 楽しく走り廻った。
 
 新校舎にも慣れた頃 担任の先生から話があり 『校庭の石ころ拾いをやろう』と提案が
出され クラス全員でやる事になった。
 最初は 広い校庭にクラス全員が散らばり 好き勝手に石を拾い集めていたが 
誰かが「これじゃあ 何年かかるかわからない」と言いだし 再度クラス会議がもたれ
討議された。 不平不満の声が上がった。
「仲良し同士だと 無駄話ばかりして 拾うことをしないから 班を作りやろう」となり 
「広過ぎる敷地を 効率的にしかも 満遍無く拾い集めるには 区分けした方がよい」との
意見で 日程を決めて 広さを区切った。 
「目標を立てながら 拾い集めたほうが 楽しいはずだ」との声で 校庭の石拾いは再開された。
 独自に始められた 校庭の石拾い作業は 他のクラス 学年へも伝わり 
参加者は一気に広がり 休み時間を使いながらの作業は ついに全校生徒に波及した。 
高学年の生徒は 低学年の年下の生徒を 教えながら一緒に作業する。 
一か月もしないうちに 校庭の石拾いは終了した。
 再び担任の先生との話がもたれた。 今でも根っこに植え付けられている。
『人間って勝手なものだよ いつも坐らせてもらっている椅子も 運ぶとお荷物になって
煩わしい。 みんなで遊ぶ校庭も 遊んでいる時には 広さは感じないけど 
石を拾うと なんでこんなに校庭って 広いンだろうって思う』 
 小学生時代 毎日欠かさず書いていた 担任の先生との交換日記。
その中に 赤鉛筆で記されてある 恩師の筆跡が残る。
 小生はいま一度 この国に対して 往年先達たちの教えに戻らしめ
国の主軸たるは何なのかを 問いかけたい願望が ほとばしるほどある。
 人の姿勢を生み出す郷中教育は 今でも根っこに 植え付けられている。
椅子を抱えて運び上げた 小学校跡地。
嘗て 鶴丸城を守る裏山の城山は 防御のため武士を配置し 
山城が形成された。 そこは多くの樹木に覆われ 涼しい所で 夏蔭城と呼ばれた。
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【馥郁(ふくいく)の力】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:  乃木坂にいた 叔母が 他界した。
遊びに行く度 いつも笑顔で迎えてくれて 包み込むような優しさは 忘れられない。
『よい ご本があるのよ』と電話をくれた数日後には 届けられ 二人で本の話に費やした時間は 実に愉しかった。
 札幌 仙台 東京 広島 福岡と全国を巡り 献身的な歩みは 感謝の心と 裏表のない 生き方だった。
若い時 仕事中に 手の親指の先端を 誤って切断する不運に 見舞われた。
『この世の すべてを 受け入れてごらんなさい。 自分がみえてくるわよ』と語った言葉の意味が 心に沁みる。
 あの日も いつものように 会いに行った。
『久し振りだから 讃美歌を聴きながら 話したい』と わがままを云い 部屋で二人きり CDをかけながら 2時間程話して別れた。
それから 1週間も経たない日 訃報が届いた。
天に召された顔は 生きているように 穏やかな表情 シスターだ。
乃木坂 叔母のいる坂道。
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【筆耕(ひっこう)のことなど・・・】
カテゴリ ぐそくのコラム
公開:
要旨:  書が好きで 子どもの頃から筆に親しんでいた。 好きが高じて 筆耕(ひっこう)の職に就いた時期もある。
 
「筆耕」とは 
写字などにより報酬を得る事。文筆により生計をたてる事。とあるが小生の場合は 葬儀・婚礼時のいわゆる看板文字書きだった。
 勤めた先は 割と大きめの花屋で 婚礼部門と葬儀部門があった。 婚礼時に書く仕事は 土日祝の前日までに仕上げる事が一般的だが 葬儀の場合 友引(ともびき)前日以外は ほぼ毎日書いていた。なぜなら友引の日は 火葬場が休みで 書く仕事が無いのだ。
 
 書く対象物の大きさは 花屋の店先で注文を受けた 花束に添える名刺ほどのカード書きから 葬儀会場入口に設置される 20尺(縦約6m・横約1m)の大看板に 棺の蓋や骨壺もあった。 何とも往生したのは 連絡の不徹底で 御遺体が安置された棺の蓋に 書かなければならなかった時である。 既に祭壇に飾られ 親族も揃った式間際 了解を得て蓋を開け 全員の注目を浴びながら書いた時には 生きた心地はしなかった。
日頃 書く量が一番多い物は 祭壇の両側を飾る 生花(菊の花籠)に据え付ける名札で 多い時は 日に400枚以上書いた時もある。 他には 葬儀場所を指示する道案内の 通称「捨て看板」に 珍しいものでは 米粒にも筆書きした。
 筆耕は 急な対応にもその場で対処する為 お通夜の式場に 筆と墨を持参し出向く。
お通夜開始が夕方18時直前になり 「付け花」と呼ばれる祭壇に飾る花籠が 方々の花屋から次々と会場に届けられる。 名札には送り主の名前が記されてはいるのだが その文字は千差万別で 一緒の祭壇に飾ると文字が逆に目立ち 統一させるために 書き直す必要が出てくるのだ。  身内親族にとって葬儀式とは 時間の流れが尋常な時ではない。 人間の研ぎ澄まされた 悲しみの五感が極端に鋭くなっている。 式に携わる側の人間も 肌で感じる為 表情感情を出来る限り抑えるが お通夜開始時刻寸前になって「付け花」の文字を書き変える段階では 一分一秒を争う忙しさだ。 それまで冷静に振る舞ってきた人間が 一転して慌てだす瞬間を幾度となく見てきた。 「忙しい」という文字が 心を亡くすと書く意味が はっきりと分かる瞬間でもあった。
 
「筆耕」の日常は至って平凡 ただひたすら筆で文字を書く。 その繰り返しの日常で思いついた事があった。  
 長年筆耕を続けてきた人間であっても 縦書きで何枚も文字を書いていくうちに 字列が左右どちらかに傾いてしまう。 歪みを防ぐ為「あたり」と呼ばれる枠点を付け 書いていくのだが これでは 急ぎの時など時間がかかる。 その時 小生は考えた。 片目(利き目)を閉じて書いてみたらどうだろう。  周囲の奇異な目も気にせず 片目書きに没頭した。 これは 人には「利き腕・利き足」があり「利き目」もあるはずだから きっと利き目で見る力の方が 強いはずだと考えたのだ。 小生は右目が利き目なので 両目で見ていても 右目で強く見ている為に 文字は左に歪んでしまう。よって左目だけで書く訓練を始めた。 最初はぎこちなかったが 慣れると案外楽に書け 考えていた通り何枚書こうが 文字が歪む事はなくなった。 当然「あたり」の枠点を付ける事もなくなり 他より俄然書く速度が増していった。
 
 この利き目を閉じて書く事を体得したら 不思議な事に 丸い円を正確に描けるようになったのには驚いた。 丸く描いた円に コンパスを当て確認すると 完全な円形を成している。 試しに正三角形を書く練習を続けたら 見事にその形を正確に描けたのだ。 この事象は かつて古代ピラミッドを造った人が 当時高度な測量技術を持たずして 正確な正三角形を創り出せた技ではなかったのか。 世界の七不思議の一つは 利き目を閉じる事により 成し得たのではないかと直感した。  一読された方…利き目を閉じる事など 時間は要するが 試してみる価値はある。
 
 ここに於いて 書き記しておきたい事は 七不思議を解く鍵だとか ピラミッドの測量技術の話ではない。 人には 利き腕・利き足・利き目があり 知らず知らずのうちに 人間の身体機能を 片方しか使わず生活している危険性を問いたいのだ。 人間誰しも楽な方を望む 利便性の追求は今後も 世界の文明に寄与するだろうが 最も難しい 人の意識を変えるヒントは 日常の何気ない行動の中にも隠されている。
「筆耕」時代の筆。
 米粒にも書く依頼があり その時使用した筆は 鼬(イタチ)の毛の筆を好んで使用した。 
当時試みた事は 棒に大筆を括り付け 立ったまま文字も書いた。 左手書きに両目を閉じて書くなど 今 思えば かなり破天荒な「筆耕」時代であったが 人間 自分に負荷をかけて訓練すれば 大抵の事は出来るものだ。 その時学んだものは 出来るまでやれば 必ず出来るという 単純な答だった。
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